キメゴト多し

昨日は練習日でした。

<メニュー>
一番庭、早念仏(問いの三つ足)、刀剣舞の狂い、讃剣舞メドレー?!

囃子と跳人がなんとなく集まった19時半ごろから練習開始。
地区センターで会議をしていた方がチラッと覗いてましたが
女性3人で跳ねていたので、おなご剣舞と勘違いしなかったかな~?

一番庭は青に入った子ガメちゃんが「問いの三つ足」で戸惑っていたので
通した後、そこだけ練習。
自分で言い出したとはいえ、
最後に早念仏4回全部「三つ足」はさすがにキツかった(-”-;)
大袈裟と思えるほど前へ踏み出して練習しましたが
装束を着けたらちょうどいい動きになるかも。
笹村さんが「唱歌をかけるのも大事な練習」と囃子方に促し
笛を吹かずに唱歌をかけてくれました!

遅れてきたMちゃんと笹村さんが刀の狂いを跳ねて休憩。
Mちゃんは青位置の練習に取組んでますが
大分スムーズになったように思います。

休憩後、背中合わせの帯の取り方を確認し
時間がなかったので一番庭、二番庭、刀剣舞の讃だけを跳ねて終了。
あまり間をおかず讃だけというのも、結構キツかったのと、
すぐに切り替えをしなければならず
跳人にとっても囃子方にとっても良い練習になったと思います!!

練習開始前、休憩時間に今後の活動についての相談。
メンバーが揃わない中での相談は不安もありますが
パキパキと決めていかないと前に進めないし…
なかなか大変です(-ω-;)ウーン

相談の中で感じたのが、今の人数での限界。
メンバーの仕事等に支障がないようにと考えると
思うような活動が難しいというか。
それがネックになって話し合いが進まず。

一つの相談事でタイムリミット。
次回公演の演目までは決められませんでした。

キメゴトが多いのは活動が活発な証しでもあるので
悪いことじゃないし、課題は多いけど確実に進んでますよ~~
乞うご期待(*^-゚)⌒☆



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テーマ : 伝統芸能
ジャンル : 学問・文化・芸術

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非公開コメント

確かに...

郷土芸能と仕事の両立はどの団体でも共通だと思うんですが大きな課題ですね〜( ̄◇ ̄;)

土日、近場の公演だとなんとか揃うと思うんですが、遠征となると金曜日もしくは月曜日までかかることがありますからね〜T^T

理解ある職場だといいんですが、仕事就くのも難しい時代ですから...

Re: 確かに...

> 都鳥のトシさん

私は週休完全二日で職場の理解もあるので、公演に合わせやすいので
平日もなんとかなる事が多いですが、そうじゃない人の方が多いですもんね…

やっぱり会員数ですね。
少ない人数で出来る演目もありますが、
最低、太鼓と笛はいなければならないし…
なかなか大変です(*_*)



同感です・・・

はちさんこんばんは!

胴長おじさん改め、胴長おじいさんです!

理由は、北上の鬼剣舞さんのブログを・・・(^^ゞ

見にゆく側も休みの確保で大変ですから・・・

演じる側の苦労はそれ以上でしょう・・・

私も休みは比較的自由ですが、それでも仕事に左右されることが結構あります(:_;)

はちさんの言うように、人数が多ければ融通が利く事もあるのでしょうね!

ところで、以前私はコメントで

「やっぱり、「なくなる」ではなく、「変化」というか「進化」してほしいと思いますね~!

家の造りに合わせて・・・基本は変わらずとも、出口さえ変わることが出来れば、現代に合わせた新しい「舞」が生まれるのでしょうね!そう願って止みませんm(__)m 」

などと、好き勝手な事を書きましたが、・・・

これって実は、根本的に変わってしまうという危険が有ることに気が付きました…

ただ見ている側は勝手なものですね・・・m(__)m

Re: 同感です・・・

> 胴長おじさん

いえ…おじいさんはあんまりだと思いますよw



> 以前私はコメントで「やっぱり、「なくなる」ではなく、
> 「変化」というか「進化」してほしいと思いますね~!
> などと、好き勝手な事を書きましたが、・・・
> ただ見ている側は勝手なものですね・・・m(__)m

私もそう思いますよ!
なんとしても残って欲しいとか、残さなきゃ!
長く続いてきたものなら尚更でもったいない!!と。

しかし前にブログに書いたのですが、「残さない」選択もあるようです。
形を変えてまでも…という事のようですが。

少しそれるのですが、「地区の盆行事を中止にした(来年以降は分からない)」と
先日地元紙で読みました。理由は実行委員の高年齢化?
「新しい方法を考えなければ」と前向きなコメントがあったので
中止決定の時点で新聞に載ったら動いた人がいたかも…と思いました。
が、町外の人や行政が入ることで、万が一ガラッと変わったり
「とりあえずやればいい」的な行事になったら
残すのがイイことなのかどうかわからなくなりますね。

むずかしい…

「残す」選択をした場合、今までのやり方では危なかったのだから
新しいやり方、新しい風…は必要だと個人的には思います。


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月曜日 19~21時
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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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