笛師のお仕事

昔のモノの値段を調べた時、
横町組の「定」という記念誌を参考にしました。



掲載されているほとんどが決算というか、その年の収支で
以前見た時は「なんだコレ?」と思いましたが、今見たら面白い!!

現金以外のご祝儀は、酒・米以外に
醤油・手拭い・羊羹・切手など様々でした。
みかんというのも面白かったです。
4月にミカンって?あ、旧暦の1/22だもんね~
みかんの季節だ(o^―^o)

資料には古文書で耳にする言葉が度々出てきたので
習って良かったな~と初めて思いました(笑)

笛師の謝金を拾ってみました。
()内は大工1日の手間賃です。
明治~平成貨幣年表参照)

明治8  800文=80銭?←1名の名前(42銭)

明治18 30銭←1名の名前(42銭)

明治29 10銭←1名の名前(60銭)

昭和2 二人で3円50銭:〇〇さん 20、〇〇さん15(2.9円)

昭和9 二人で4円50銭:〇〇先生 2,500、〇〇さん2,000(1.9円)
※この記載から南下幅の太鼓張り替え20,000は20円の事かな?

昭和19 6円←一人6円?(S20:35円)

昭和29 記載なし(640円)

昭和39 記載なし(1,800円)

昭和49 5,000円(6,016円)

昭和59 24,000円(13,085円)


笛師は祭りの1週間前(裃貸与式)に各町組に派遣されます。
祭り前に3~4日間、子供達との合同練習(1回1時間半位かな)。
祭り当日は朝8時頃~打ち囃子は夕方まで、
囃屋台は21時頃まで屋台の上で吹きます。

※笛師への酒・下駄(サンダル)の最初の記載はS49~
卵の記載は昭和52~でした。
記載されていない年やバフッとしか書かれていない年もあるので
その前から頂いていた可能性も?!

数年前から練習時の夕食代、当日の飲み物代は現金で支給。
(金額は統一されている)
私が入会した当時は、夕食はその町の食堂で頂き、
当日はお酒、ドリンク、卵、バナナなど現物支給でした。
派遣される町組によって、若干内容が違うので
子供達がおやつを貰うようなワクワクがあったな~。

待遇に見合ったお仕事をしているか?
自信はありませんが、先生と呼ばれ派遣される以上
見合う努力はせんとな……
祭り本番まで、あと2ヶ月!!


※資料を読み違えてる可能性があります (-。-;
参考程度にご覧下さい。
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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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