抜刀後

前回のつづきです。

居酒屋の谷地鬼剣舞さん公演の一人加護
刀を抜いてからの1周目、切先が上を向いている!!
岩崎系は下を向いてたと思います。
究竟の地 岩崎鬼剣舞の一年 の中で
地を突き刺すようにと言ってたしね。
南下幅のイカモノ、切先は地面と水平って感じなので
正面を向いてるかな?
で、滑田系は刀を抜いて周る回数が多かったです。

[岩崎系](滑田系)南下幅の刀の所作を比べると↓

1周目 [地面を突き刺す](切先が天を向く)切先は正面
2周目 [半分鞘に納める](両手で捧げ持つ)両手で捧げ持つ
3周目 [なし](背負う)半分鞘に納める
4周目 [なし](半分鞘に納める)なし


うまく表現できません (゚ー゚;Aアセアセ
南下幅には一人加護という演目はありません。
一人怒物は3演目あり、一人加護に近い所作の
とっときもので比較しています。
滑田系は三人加護の一人バージョンという感じでした。

捧げ持つ(という表現は正しいか?)刀の手も面白いです。
南下幅は柄を握りません。刀の狂い然り。
刃を持つのと同じような感じ。
これは、ズリ足だからだと思います。
北上の躍動感で握らなかったら落としそうだもんね。


刀ではなく手裏剣。
狐剣舞の手裏剣の所作は耳の後ろからもっていくと聞きました。
南下幅の三方のクセクセの所作に似てるではないですか~

分からないなりに、鬼剣舞は見る度に発見があり
飽きないし面白いな~と改めて感じました。

※全ての踊り組を見た訳ではないのと
正式なモノかどうか(略している?)はわかりません。

※私の勝手な印象や感想、推測、イメージです。
語彙も少なく、拙い文章のため伝えきれないこともあり
関係者の方に失礼な表現があったり、
気分を害されることがあると思います。
私個人の備忘録(日記)であることをご理解いただくとともに
至らない点はご容赦くださいますようにお願いいたします。

スポンサーサイト

テーマ : 伝統芸能
ジャンル : 学問・文化・芸術

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
スケジュール表
**出演予定**
★9月10日(日)午後
「いさわ郷土芸能まつり」
★10月15日(日)午後
「奥州市郷土芸能の祭典」

**未定の予定**
☆8月26日
☆9月8日
※未定だからって気を抜いちゃダメ!会員は心の準備をお願いします。

**練習日程**
月曜日 19~21時
【南都田地区センター】

公演依頼はメールフォームで!
会員随時募集中!!
カテゴリ
最新記事
最新コメント
QRコード
QRコード
プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
とりら募金
とりら岩手三陸沿岸の民俗芸能応援募金について →詳細はコチラ
とりら9
※クリックすると大きくなります
おススメ(o^-')b グッ!
郷土芸能の祭典2017
※クリックすると大きくなります
リンク
RSSリンクの表示
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: