ミスプリと助詞

由来が気になり真夜中に資料を引っ張り出す。
気付いたら3時。
(。゚ω゚) ハッ!. . .(。-ω-)zzz
と言っても、袴の直しで不器用さにガッカリした後、
コタツで気どころ寝。
資料に目を通したのは30分足らず…(・ω・;A)


由来冒頭をどう読むか?
羽黒山峰中権大僧都法印善行院荒沢鬼渡大明神

おさらい。
南下幅
羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神で……

引っ張り出した資料は?
胆沢の民俗芸能(多分)
●羽黒山の権僧都、善光院という法印が同山中の荒沢なる鬼渡大明神……

間違いが多い資料で、卯太郎が卵太郎に、南下幅が南下中になってたり…

胆沢町史(多分)
●羽黒山権僧都善光院という法印山伏が同山中の荒波の鬼渡大明神……

※いずれも南下幅、化粧坂、新里の由来として載ってました。

化粧坂か新里は荒波?修行が厳しそうです(笑)
こちらも間違いが多く、卯太郎が夘太郎に、
タッツケ袴が手甲、手甲がタッツケ袴と写真解説されてたり…
ある意味、面白いです。

法印、権大僧都(ごんのだいそうず)は役職とか階級かな。
(私の解釈で書くと誤解が生じるので
気になる方は検索して下さい。すぐにヒットします)
善行院というだと、名前っぽい。
善行院だと、地名?寺名っぽい。

助詞で印象がが変わってきますね。
私が興味を持ったのは文章そのもの。
(しかも冒頭だけで、その先は読んでません)
鬼柳鬼剣舞の踊り手さんが、由来を詳しく調べてます。
興味のある方はそちらを参考にして下さい!
(宙返りで空回り:剣舞歴史探求編)


本日練習日
3/11に向けての公民館練習は今日で最後。

<本日のメニュー>
一番庭

刀がずり落ちる事があるので、本番用を使い帯に細工してみる。
刀が重くてツライ。ブラブラして動きにくい。
今までの練習のようには動けませんでした…
ヽ(;▽;)ノ


リーダーが輪踊りの歪みを指摘。
対角線にいる相手、中心に置いた太鼓を意識する事で少し解消。
自分の事で精一杯じゃダメだな…

新装束…馴染まないせいか、作り方か?
今までの装束とは違うらしい。
胸当ての修正が必要との事。
また裁縫か……(;´Д`A
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【南都田地区センター】

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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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