美しい手甲

本日南都田公民館「ふれあい祭り」

郷土芸能発表のトップバッターとして跳ねてきました。
昨年は私のミスで中央から大分ズレた位置で披露した刀剣舞(-_-;)

<本日の演目>
ゴヒャラグ
一番庭(ショートver.)

ヘトヘト(-。-;
最近は一番庭をまともにやっていないのでツラい…
リーダーも一番が1番ツラいとの事。
来週は久々に正式な一番庭を披露する予定です。
体力をどこまで回復できるかが課題。


私達の装束は先輩からお借りしています。
胴着、袴、タスキ、采締め、胸当て、手甲は手作り。
特に手甲は既製品にはない素朴さ、
個性がぎゅっと詰まっています(*^_^*)
こんな感じ!!


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むかさりのはっとはウメガッタ

はちさん。ようやく南下幅念仏剣舞見ることができました。
今日はちょっと寒かったですが、地区の人達が沢山来ていて盛会でよかったですね。
私は真ん前でビデオカメラセットして見ていました。
胆沢の念仏系剣舞を何度も見ていましたが、今日南下幅念仏剣舞を見ていて「本来の形」を取り戻している気がしました。
これもひとえに、若い継承者の皆さんのお陰と思っています。
今後も追っかけていきますのでよろしくお願いします。

Re:むかさりのはっと

>鈴木雄二さん

お越し頂きありがとうございました!
見ている人は寒くて大変だったかな~と…
「本来の形」とは多分 私たちが大事に
考えてる事なので、それを感じて頂いたのは嬉しいですo(^▽^)o

ところで、むかさりのはっととは?
お母さん達が重箱で配っていたうどん?
先生宅の練習で2度 ご馳走になりました!

はっとう!

今奥州市では「はっとう」を売りだそうとしているようです。そのはっとうはいわゆる「ひっつみ(ひらたくちぎった物)」ですが、昔から胆江地方では所により「はっとう=うどん」を意味していました。
水沢の町中で「はっと屋」といえばうどんを食べさせる店ということでした。
また、うちのカミさん(真城地区出身)も昔祝い事の時、うどんに蒲鉾の入ったものを食べさせられたと言ってます。
食いもんの話になると郷土芸能以上に熱くなるなぁ。




Re:はっとう

>鈴木雄二さん

剣舞の南都田出身の人は【ぺろ】と言ってました。
母も(小山出身)ぺろ派(笑)

はっとも地域で呼び方が様々みたいですね。
私は今は「すいとん」と言いますが、
子どもの時は「つめり」でした。
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**出演予定**
★11月12日(日)13:00
「なつたふれあいまつり」

**未定の予定**
※未定だからって気を抜いちゃダメ!会員は心の準備をお願いします。

**練習日程**
月曜日 19~21時
【南都田地区センター】

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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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