胆沢郷土芸能まつりで思う

先週(3/12)に開催された胆沢郷土芸能まつり
久々に最後まで観たせいか色々考えさせられました。

トップバッターの都鳥鹿踊りは50分の演目(案山子踊)をノーカットで披露し、
なかなか観られない演目に観客はワクワクしたし、
演者もこの日があったからこそ励めたのだと思います。
胆沢郷土芸能2017鹿

入場無料で開催している「郷土芸能まつり」ですが
入場者数は少なく、出演する側として寂しい気持ちになったりします。
隔年開催とか、市が合併したのだから胆沢単独開催じゃなくとも…
人数だけに拘れば、そんな考えも当然かもしれませんが
こういう機会がなければ、正式なものをいつ披露できるんだろう?
継承されるのだろうか?と…やはり大事な大事なイベントなのです。

トリの狼ヶ志田神楽は中学生と若手の3人での舞、
あまり演じない「くずし」を披露したせいか
、数日前に南部神楽の解説書(?)が発刊されたと
地元新聞に大きく取り上げられたせいか、
熱心な愛好家が多く、例年に比べると多くのお客様が最後まで観賞してるようでした。
胆沢郷土芸能2017他団体 (神楽)


このほかに前谷地神楽が子どもだけの舞、
田植え踊りと念仏剣舞(4団体)が出演。
田植え踊りは何度か観たけど、よく分からず苦手でしたが、
意外に踊りがハードで面白かったので、
もう少し軽快にカッコよく踊ったらもっと目を惹くのかなぁ?
でもそれは崩す事になるかなぁ?
胆沢郷土芸能2017田植踊り

南部神楽も苦手でしたが、丁寧な解説があって楽しめました。
あらすじだけでは、そんなに興味のない人を惹くのは難しいのかなぁ?
剣舞にストーリーはないけどプログラムにもっと細かく所作の説明を載せたら、
観る人がもっと楽しめるかなぁ?
観客が減るのは面白みに欠けるから??
ステージ用に工夫も必要かなぁ?


ウチと新里は演題は違うけど実は同じ演目を披露しました。
明治時代に化粧坂と二庭ずつ演目を教えあい、
化粧坂→新里と流れた刀剣舞(四番庭)。
そういう解説が事前にあったらもっと楽しめたかもなぁ?
胆沢郷土芸能2017他団体 (新里) (2)

市野々と新里(若柳の団体)は陰陽(陽と月)が装束に取り入れられてて素敵だったし
ウチにはない色の面も興味津々でした。
若緑色??=緑=青って意味だろうか??

胆沢郷土芸能2017他団体 (市野々)

胆沢郷土芸能2017他団体 (新里)

とりあえず、プログラムを工夫したら見る側はもっと楽しめるかも??
やってみる価値はあるかもしれない(゚∀゚)

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テーマ : 伝統芸能
ジャンル : 学問・文化・芸術

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お疲れ様でした😅

胆沢郷土芸能まつり、お疲れ様でした😅

はちさん、我々の踊り観ていて下さっていたんですね、ありがとうございますタ😊
この様な場だからこそ本来の踊りを観客の皆さんに観て楽しんで頂きたいと思いましたし、原点に戻って本来(正式)の踊りの意義を改めて感じさせ演じる事ができました😅
演舞後、南下幅念仏剣舞さんにご挨拶にお伺いしますたが我々に対して労う言葉を頂きました、ありがとうございますタ😊しかし残念な事にはちさんを見つけられずご挨拶出来ませんでした、ごめんなさいネ🙏
胆沢郷土芸能まつりについては、観客の皆さんが「胆沢郷土芸能まつり、観に行きたい❗」と思わせなければならないです、主催側・郷土芸能団体側が情報交換し協議していかなければならないのかなぁと個人的に思いました😅

✋️今後とも宜しくお願い致しますm(_ _)m


Re: お疲れ様でした😅

> nontanさん

お疲れ様でした!
支度の都合で前半の30分しか観られませんでした…
すみませんm(_ _)m
私たちの出番が終わった後に、都鳥さんが控え室にご挨拶に見えたと聞きましたが
ちょうど着替えに席を外した時のようでした、残念ಠ_ಠ

今回は仲立ちさんでしたか?
メインの鹿もさることながら、延々と同じリズム、動きを繰り返すバッグダンサーに脱帽でした(๑•̀ㅁ•́ฅ✧


>主催側・郷土芸能団体側が情報交換し協議していかなければならないのかなぁと個人的に思いました😅

まつりの後に、代表者の反省会ってあるんでしたっけ?
代表の意見だけでなく、会員みんなの意見を持ち寄った話し合いも必要と思いましたし
おっしゃる通り!、出演者(郷土芸能団体)の情報交換・交流・懇親の場があるといいなぁと思います。

以前にも観客の少なさを嘆いたことがあります。
その時に紫波?矢巾?のまつりでは、出演団体は自分の団体が終わっても帰らない
客席で盛り上がる、という取り組みをして成果をあげたと聞きました。
自分の出番の時間を取るのもユルクない時があり、裏口→控え室→裏口、と
客席に足が向かない時もありますが、出演団体の全員が集まれば100人は確保できる訳で
胆沢にはそれが足りないかもな?と思います。

嘆くばかりでなく、まだまだ打つ手はあるので、みんなで盛り上げて
胆沢は面白いぞ、入場無料なんてもったいないと言われるように
頑張りましょうね!
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スケジュール表
**出演予定**
★9月16日(土)12:30
「あぐり笹森交流会」
★10月15日(日)午後
「奥州市郷土芸能の祭典」

**未定の予定**
※未定だからって気を抜いちゃダメ!会員は心の準備をお願いします。

**練習日程**
月曜日 19~21時
【南都田地区センター】

公演依頼はメールフォームで!
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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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