夢の跡

とうとうデビュー。

股関節の痛みが引かないので購入。
気のせいか昨夜の練習より楽でした。

本日粟野善知を偲ぶ収穫祭での公演。
<本日の演目>
回向、二番庭、寄せ太鼓、八人怒物

集合時間に控え場所に着いた時は
空が暗く、天気が心配でした。
が、着替え終わり外に出たら暑い位の快晴!
風が強い…(^_^;)

控え場所の公民館から顕彰碑までの
200m、途中から道太鼓を囃しながら移動。

すでに会場には関係者や、
わざわざ見に来た人、
たまたま立ち寄った人など、
狭い敷地に人がギッシリでした。
顕彰碑前の奉納は30数年ぶりとの事。
顕彰碑を拝礼後、二番庭を奉納。
今日は後方スタートのため、見ている方の声が聞こえてきます。
「太鼓(胴取り踊り)は、もっと大きい女の子と2人のはずなのにな~」
(今日は跳人デビューなんですよ、
と言うか何回か見てくれてますね!)


ゴヒャラクが始まると唱歌が!
地元行事では口ずさむ方が必ずいます。

二番庭は白面が刀を落とすハプニング。
しかし納め剣舞では観客が
「ピッタリ合ってた」と賞賛d(^_^o)
胴取り踊りも、一年生が一人で頑張りました!

場所を公民館に移し、顕彰碑前同様、
多くの地元の方の前で八人怒物を初披露しました。

踊り始めは風がとても強く、扇子が煽られ大変でした。
個人的にはバテ方が尋常じゃなく、
後半は中腰の姿勢が怪しかったです…
刀が上手く抜けなかったという人もいましたが、
刀を抜いた時、見ていた方から「お~」と感嘆の声が聞こえたので
上手くいった~~!!
が、みんなはその声を聞いてないみたいで空耳?

地元での公演は、楽しみにしてた人、
昔跳ねていた人が多いです。
本番を終える毎に、課題も見えてきて
今の状態に満足してはいけないと思いますが、
みなさんに喜んで頂けたと言う部分は
満足してイイのかな~と思います!

直いで新米のおにぎりと芋の子汁を頂いき解散。

顕彰碑に戻ると、さっきまで人で
ギッシリだった敷地は何もなかった様に静かでした。

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**練習日程**
月曜日 19~21時
【南都田地区センター】

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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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