盆供養2014~その1~

昨日は南都田の宝壽寺で盆供養でした。

盆供養-宝壽寺


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

<行 事>

道太鼓にて入場

ごあいさつ

先人供養焼香

奉納
念仏回向、一番庭(白…はち)
二番庭(白…子ガメ)、刀剣舞(白…M)
※青はリーダー

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


17時頃から奉納の予定。
早いメンバーは15時に集合し、櫓(施餓鬼棚)の組み立て。
盆供養-準備

「なにあれ?」と不思議そうな顔で見ているお墓参りの人達。
「けんべぇだって」とTシャツの文字で理解してくれました!
作って良かった♪ぃぇ━ヽ(*゚∀゚)人(゚∀゚*)ノ━ぃ♪


みんなが着替え終わりそうな時まで笹村さんは施餓鬼棚の設置。
もっと言えば、櫓の塗装、幕の染め縫製、五色の布の裁断などなど
ほとんどの準備を一人で頑張りました。
控室に着替えに来た時は「もう全てを出し尽くした」という状況。
急遽の話で時間がなかったとは言え、大きな負担を掛けさせたことを反省。
(焼香前の挨拶の時に口が回ってなかったのでちょっと心配になりました…
一気に疲れがでたかな?と。←顎にかけた手拭いが原因です)


櫓を本堂前に設置する時にお寺さんから
「本堂に参拝する人の為に正面からずらしてほしい」と。
今回のテーマというか数年前の反省として
絶対お墓参りの人の邪魔にはならないこと。
櫓の位置をずらし本堂の横に南を向く形で設置。
(庭元の口調だと西に向けるのが正式か???)

盆供養-施餓鬼棚


私達が想定してた"踊るスペース”が変わりました…
参道からの入り込みもなし(参道の距離が長くて不可能)。
本堂前を塞がないように、櫓を囲んで踊ろうか?
ギリギリまで迷った結果…

盆供養-讃剣舞

本堂のど真ん中を完全にふさいでしまった。
ダメじゃん llllll(-ω-;)llllll

お寺さんは三演目とも本堂前を塞いでしまったのに
何も言わず最後まで見守ってくださいましたm(_ _;)m

山門をくぐり道太鼓で参道を入場。

「鬼が怖いから行かない」と立ちすくむ胴取り次女。
スゴク立派な仁王様が山門に鎮座してました。
山門


終わった後に「あいさつが一番しんどかった」と言ったメンバーもいましたが
いざ!という緊張でいっぱいで長く感じたかもしれません(゚Д゚;
盆供養-あいさつ


ご先祖様はモチロン、成仏できずに俗世をさまよう餓鬼や
東日本大震災の犠牲になられた方へお参りに来た方と一緒にご焼香。

盆供養-施餓鬼棚2

盆供養-施餓鬼棚1


そしていよいよ奉納が始まりました。


|ω・) ツヅク


★本日の地元紙に掲載されました↓
勇壮な舞を奉納 胆沢・南下幅念仏剣舞 宝寿寺で盆供養




※厳粛な場面の裏側などをUPするのは少しためらいましたが、
思い、気持ち・・・良いことも悪いことも今後に生かすべき記録と捉えました。
一部、茶化しているように感じる表現もあるかもしれませんが
どれも真剣な思いであることをご理解くださいm(__)m

※人員不足で記録まで手が回らない南下幅。
お忙しいなか遠方から駆けつけ沢山の写真を撮ってくれた
あべさん、ふじわらさん、まつもとさんに感謝です。
Thanks ☆☆**v(o^▽^o)v**☆☆ Thanks

※写真はクリックすると大きくなります。


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※未定だからって気を抜いちゃダメ!会員は心の準備をお願いします。

**練習日程**
月曜日 19~21時
【南都田地区センター】

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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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