思い込み

先日の舞川鹿子躍さんの公演。
舞川鹿子躍~秋の藤原まつり~

演目は舞踊り(二人狂い付)と伺ったのですが
その後の情報によると……?!
舞踊りという演目はないそうで(・ω・;A)アセアセ…
その日の演目は二人狂い
舞踊りではなく前踊りではないかと。

お話した時に「(踊る真似をしながら)舞う・踊り ですか?」と聞いたら
「(空書しながら)“まう”です」と。
よくよく考えてみると「踊り」の部分を説明するのに「舞う」と言われた??
私は「舞う」を確認するのに「踊り」と使ったし。
二人狂い(この日のメイン?)の前に前踊り(みんなで踊ってました)をした、という事だったのかな?

メインの踊りの後に狂い踊りがつく、と南下幅脳が働き勘違いしたようです。


朴ノ木沢さんの公演。
朴ノ木沢念仏剣舞~秋の藤原まつり~

演目は一人怒物と。
「怒物でも“熊払い”とかありますよね?そういうのはつかない?」
と聞いたら、「三人怒物、八人怒物っていうのもあって、その一人怒物」とのこと。

念仏剣舞(小形信夫著)には朴ノ木沢さんの一人怒物は
「押込」「切払い立ち」など5種類くらいあったはず。
多分、本当はサブタイトルがあるんだけど、仲間内で使ってないんだろうな。
(あくまでも勝手な推測)


南下幅の唱歌本には一つの演目を「引き念仏」「センヤ念仏」のように区切って書いてあります。
センヤの後の「讃剣舞」。
そう言うものだと思い、練習の時に「次は讃(剣舞)から」などと使ってるのですが
最近、先生が(コチラが讃からと言っても)「デゴンがらな」と確認します。
「納め(剣舞)だけ」と言うと「ダンヅグダッタガ がらな」とか。

う~ん、讃とか納めってフツーに使う言葉かと思い込んでいたけど…
実は違うのかも(・ω・;A)アセアセ…
もっともっと素朴にシンプルに!だったのかもしれないな~




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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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