雨の剣舞

昨日は粟野善知翁を偲ぶ収穫祭で跳ねて来ました。

<演 目>
石碑前…一番庭(青→リーダー、白→Mちゃん)


朝から雨。
午後はもっと強くなる予報…
「とりあえず集合する」という事になっていたので公民館へ。
到着すると、あんやとリーダーが着替中。
「やるの?」
(゜-゜)エトォー・・・
「石碑前はやる予定で準備中。公民館は中でやるかも」

雨が弱くなってきたかな?
ん?また強くなってきたみたい…
そんな繰り返しの天気。
`、ヽ`个o(・ω・。)`ヽ、`ヽ、

後から来た親ガメさんと笹村さんが
「石碑前は大きな水溜りがあるよ」と。。。
Σ(T▽T;)ガーン

先生に「石碑前は水溜りもあるようですが?」と聞くと
「水溜り??大丈夫だ。」
あ、処理してくれたのかな?


支度を終え、石碑に移動する頃は傘が必要な強さ。
そして複数の大きな水溜り!!

「雨も強くなってきたし寒いし、省略を……」
もそもそと提案するも誰も同意してくれなかった(ノ_・。)
そして始まりました、雨の中の剣舞。

入り込みで足袋が濡れたので逆に吹っ切れました。
大口も心配でしたが、気にするとおかしくなるので気にしないように。
先生が察したのか、今までにないほどの速いテンポ。
ついていけない…
そんな中、狂いの二人は足元も大口も胴着もびしょ濡れになりながら頑張りました。
それは観ている人にも伝わり「素晴らしいじゃな~」と感動していた人も。
濡れたのは私達だけではなく、観客も同じ。
雨にもかかわらず、大勢の地元の方が最後まで観てくださいました。

土砂降りの中でも跳ねたもんだ。
雨の公演は今までなかったけど、こういうこともある。
と、先生。

結局、私は汗もかかず息もあまり切れず。
水溜りや装束を気にしたり、上手く跳ねられてなかったのかもしれません。
手を抜いたつもりは全くないのですが、抜いてしまったんだろうか?
後悔ばかりが残る公演でした。
今朝、ちょっとだけ筋肉痛だったのがせめてもの救い。


※公民館での公演は装束も濡れ寒かったのと(風邪対策)、雨が強くなってきたので中止。


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月曜日 19~21時
【南都田地区センター】

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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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