久須志神社★午前

お天気に恵まれ、奉納は無事(?)終了しました。


剣舞奉納前にゲートボールと輪投げの奉納があり
地元のお年寄で賑わっていました!!

控え場所でMちゃんが「“この前踊った上手い人?”って聞かれた」と。
誰だ??ソレ
まぁ、ソレが誰であっても楽しみにしてくれてる人がいるって事o(^▽^)o

<本日(午前)の演目>
寄せ太鼓
刀剣舞

「剣舞 見に来ましたよ」とおばあちゃんが顔出しに来てくれました。

奉納の時間が近づくと、本殿の前にぐるっと人だかりが出来ていてびっくり。
平日の昼間なので、人なんかいないと思ってたものですから(^_^;)

本日最後尾からの入り込みのため、待機中にみんなの声が聞こえました。
「盆 持って、くるくる回ったりするんだよ」(膳舞のこと?)
「ここで ドン」(寄せ太鼓の終わりと一緒に太鼓の唱歌)
唱歌を口ずさむ人……等々、
みなさんが剣舞を楽しみに待っていた様子が伝わってきました。

今日の奉納は40年ぶりだそうで、
「昔はお薬師さんのお祭りだと朝から縁日など賑わった。
 化粧坂さんとウチと交互に奉納した」
と先生からお話がありました。
「昨日も練習したけど、なかなか先生の言うように跳ねてくれませんが、
みなさんの声援をお願いします」
(熱心さは買ってくれているようです…)

狂いなしの気楽さもあり、面と大口と狭いスペースで刀を上手く扱えなかった事と、
入込でふらついた事を除けば(←他に残ってるのって??)
ほぼ練習どおり出来たかな?と。

午前中にビックリしたこと。
1.北上の阿部さんが来てくれました。
 いつも気に掛けて下さりありがとうございます!!
2.早めに着替え終わり、余裕かましてたら草鞋を履いていない事にギリギリで気づき…
 大慌てで履きました。いや~~まるでスニーカーを履くような早さ!!
 少し前までは、草鞋履くのにも手間取ってたので、色んなことに慣れたんだな~と思いました。


夜の部は狂いまで担当です。頑張ります!!
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【南都田地区センター】

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プロフィール

はち

Author:はち
南下幅念仏剣舞保存会会員
跳人 8年生

登場人物
先生=第33代庭元
[囃子方]
笹村さん、館長、おかあさん、Nさん
[跳人]
リーダー(第34代庭元)、あんや(跳人最年長)、Mちゃん、親ガメさん、子ガメちゃん(休業中)、greenちゃん、Kさん、Tさん
[胴取り]
リーダー長女&次女
[子ども剣舞]
Kちゃん、Yちゃん、RSちゃん、RNちゃん、MちゃんNNちゃん
南下幅念仏剣舞由来
南下幅念仏剣舞は「巻物圓鏡第一巻」の伝えによると大同3年(西暦808年)出羽国羽黒山峰中で、権大僧都善行院の法印が荒沢鬼渡大明神の御堂に籠り念仏勧行をしている時、ある夜忽然と二人の老翁が現れて「衆生済度の捷径(近道)は舞踊の面白さを知らしめた上に導くに如かず」と諭された。 それに対し彼の法印が「然らば教えて候らえ」と申し上げたところ、一人は座して歌い囃し、一人は立ちて舞い始めた。伝授し終わると二人の姿は虚空に消えて見えなくなった。 ・・・とあり、この踊りこそが念仏剣舞の始まり也。・・・(中略) 寛政3年(西暦1791年)渡辺甚四郎清時から南下幅の卯太郎が伝授されて以来、絶えることなく連綿と昔の原形を踊り引き継がれ伝承されている。
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